
バーモントキャスティングスの歴史
1975年、「デファイアント」が誕生して以来、薪ストーブの歴史にその名を深く刻み続けるバーモントキャスティングス。
その輝かしい歴史と妥協を許さないスピリッツは今なお受け継がれ世界中の薪ストーブファンを魅了し続けています。2人の創設者が生み出した名品
アメリカ北東部、カナダの国境に接し、1年のうち9ヶ月もの間暖房が必要というニューイングランドの美しい森の国、バーモント州。寒さが厳しく雪深いこの土地で、1975年バーモントキャスティングス社は誕生しました。
「効率がよく、デザイン性に優れたストーブを作りたい」。
理想的な薪ストーブへの夢を抱いた造形家であり建築家でもあるダンカン・サイムとマリー・ハウエルは、何度も何度も試作を繰り返すこと数ヶ月…。
ついに記念すべき第1号が完成しました。
デファイアントで実証された造形・鋳造・燃焼技術の独創性と信頼性は、その後「ビジラント」「レゾリュート」など、斬新なモデル開発の原動力となり、「バーモントキャスティングスこそ、本物の薪ストーブ」とまで言われる高い評価を得ることになりました。
熱烈なファンが集結した「オーナーズピクニック」
より高品質なストーブ作りを追求していた創設者サイムとハウエルは、「納得できる鋳物工場がない…」と、1979年、最新式の鋳物工場を作りました。
そして、工場の様子を知ってもらおうと施設の一般公開を計画。
当日は各地から続々と人々が訪れ、なんと5000人ものバーモントファンが集ったのです。
以降、年1回オーナーたちが集うピクニックが開催され、その数は年々増えていったといいます。
妥協を許さない熱き想いと確かな技術が集結
一切の妥協を許さず、完璧な薪ストーブを自分たちの手で創る。ただそれだけを目指し情熱を燃やす熟練のクラフトマンたちの夢の結晶が、バーモントキャスティングスの薪ストーブです。美しいデザインを生み出す建築家やデザイナー、燃焼についての研究を長年続け、博士ともいえる優秀な技術者、鋳物の知識・技術で右に出るものはいない鋳物のスペシャリストらの熱い想いが基盤を築いています。
また、バーモントキャスティングスでは、鋳物専門の自社工場を持ち、薄い鋳物から厚みのある鋳物まで、ここでしかできない確かな技術を持ち合わせています。
わずか数人から始まった薪ストーブへの情熱、心に暖かい焔をお届けしたい…、そんな想いとともに歩んできたバーモントキャスティングスの歴史は、今もなお受け継がれています。
伝統的な美しさと他に類を見ない機能性の高さ、豊かなストーブライフをお届けするため、技術開発や商品開発は日々怠ることなく進歩しているのです。
バーモントキャスティングス 年譜
【1975年】
石油の価格が上がり、その年の冬は厳しい寒さでした。
薪ストーブ博士といわれるダンカン・サイム氏がバーモント州で記念すべき第一号機を完成しました。
美しいデザイン、優れた燃焼効率を誇るこのストーブは、19世紀のワールドカップを連続優勝した有名な帆船の名前をとって「デファイアント」と名付けられました。
サイム氏は、薪ストーブを作る前の職業は船の設計者でした。
「デファイアント」はまたたく間に全米の話題をさらい、アメリカが誇る名品として世界に知られるようになりました。
その成功により、サイム氏はバーモントキャステングス社を設立するに至りました。
【1979年】
ランドルフの町に技術の粋を集めた新工場を建設。
「デファイアント」で実証された造形・鋳造・燃焼技術の独創性と信頼性は、斬新なモデル開発への原動力となり、高品質な薪ストーブを製造し続けてきました。
【1981年】
ユーザーへの感謝のため、「ユーザーズピクニック」をバーモント州で開催。
参加者は5000人を超えました。
【1986年】
伝統的な美しさと、他に類を見ない高い燃焼効率を誇る「デファイアントアンコール」が登場。
キャテリティックコンバスター(触媒)の燃焼システムを導入。
デファイアントの名を受け継ぐこのストーブもまた、全米のみならず、世界にその名を馳せるようになりました。
この年にホウロウ工場が完成。
今まで黒一色だったストーブに、美しいホウロウ(7色)が加わりました。
【1992年〜】
有能なエンジニアと先進の設備が導入された研究所をベッセルに開設。
機能もデザインも個性的な機種を開発し、バリエーション豊かにラインナップしています。
さらに、薪ストーブの炎の美しさとガスの手軽さを兼ね備えた独自のガスストーブも開発・商品化し、今日に至っています。
