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森の恵みに対するささやかな感謝の念

2013年の夏、岐阜で仕事をする傍ら、駒ヶ根の地で週末だけの森暮らしを始めた。
と言っても、のんびり英気を養うためにここに来る訳ではない。
また普段の生活の延長ならここにいる意味もない。
そこは中央アルプスの麓、周りは針葉樹と広葉樹の森に囲まれ、小川のせせらぎも聞こえる。
自然にどっぷり浸かり、どれほど自分が未熟なのかを思い知るいい舞台なのだ。

(写真・文=写風人)

森暮らしはハードライフ

まずはジャングル化した土地の整備から始める。
効率を考えればエンジン仮払い機か・・・、一気に絶やすなら除草剤か・・・。
開拓の初陣を飾るには、そのどちらも選択する気になれなかった。
造林鎌を使って草木を払い、枝払いも少しずつナタとノコギリで切り拓いていく。
手道具と手作業でこの地と向き合いたかった。

草刈り同様、邪魔なヒノキも斧で伐り倒し、葉枯らしさせておく。
(葉枯らしとは、枝葉を通して水分を発散させ、自然乾燥を施すこと。)
数ヶ月放置した後、枝払い斧スカンジナビアンフォレストで片っ端から枝を伐る。

幸いこの地には豊富な草木があり、土や石、水もある。
これら自然の産物は、決してのんびり田舎暮らしでは活かしていけない。
森暮らしの実践的な技術と経験を積み重ねていくためのハードなアウトドアライフが始まる。

ゴミとしか思えないような小枝も私にとっては貴重な薪エネルギーなのだ。 片手斧のハンターは焚き付けづくりには最も気に入っている。

荒れた森をなんとかしたい

敷地内の草木を整備したとしても、隣りの荒れ果てた森は他人の土地でなんともならない。
またその先には南アルプスの山々が連なっているが、森に遮られてその眺望を望むことはなかった。
ある時、知人の紹介で森の地主さんに会う機会を得た。
広大な土地を持つ地主さんだったが、高齢のため森の管理ができないことを聞かされ、自ら森の手入れを申し出る。しかし、それは容易いことではないと後から思い知らされる。
まず背丈ほどある藪を整備しなければ間伐すら出来ない。

藪というのは厄介で、草や枝や蔓が入り乱れているので、草刈り機とノコギリ、斧を使い分けて切り進んでいくという地味で手間の掛かる作業。
週末、南信州に訪れる度にコツコツと藪を切り拓いていき、間伐できるスペースを確保するまで2年を費やした。(間伐とは、森林の混み具合に応じて樹木を伐採し残った木の成長を促す作業のこと。)

昨年の事になるが、行政による松枯れの伐採が行われ、密集した森も見違えるほど見通しが良くなった。重機が入ったお陰で軽トラも森の中に入れるようになり、これほど嬉しいことはなかった。
森で間伐したヒノキはその場で玉切りして、軽トラに積んで我が家の敷地に移動する。
以前は人力で運んでいたので、その頃に比べれば遙かに効率が良い。

伐採は藪が枯れている2・3月に行うので、時には雪中作業の時もある。

眺望を遮る数本のヒノキを伐採すると、今まで隠れていた日本第2位の高峰「北岳」、第3位の「間ノ岳」が眺められることになる。やっと南信州らしいロケーションになってきた。

ビフォー
アフター

薪ストーブは火のある暮らしの要

週末通いは6年続き、冬の寒さはすでに経験済み。
とても1台の薪ストーブでは間に合わないので、移住後は3台体勢でリフォームを考えていた。
従来からある鋳鉄製ストーブに加え、HETA社の最大機種「ロギ」が3台目に加わった。

ロギは家の中では過ごす時間が最も長いリビングダイニングに設置した。
何を隠そうこの部屋には、エアコンもガスファンヒーターもある。
といってもエアコンの暖房は一度も使ったことがなく、冷房でさえ数回スイッチを入れる程度。
それほど夏場でも過ごしやすい地域だ。
ガスファンヒーターは慌ただしい出勤前の朝食時に少し入れる程度。
もちろん真冬は朝から薪ストーブを焚き、暖かな春になっても小寒い夕方から火を入れ、梅雨が終わるまで焚いていることが多い。昨年を振り返ってみると全く焚かなかったのは8月だけだった。
ほぼ1年を通して焚いているので、我が家の薪は減り続けるわけだ。

年がら年中薪づくり

当然薪の消費量は3倍に膨れ上がる。その分、薪の確保は必須である。
岐阜では貰いものばかりで一度も購入したことはなかったが、こちらではその伝手もなく原木を購入するしか手段はない。
森から間伐したヒノキは焚き付けに利用するとしても、肝心な広葉樹がない。
移住後の初年度は森林組合から3トン車4杯分、計12トンの原木を購入した。
ナラは手に入りにくく価格も高いので、いつも広葉樹ミックスを頼んでいる。

たまたまご近所さんが伐採した松の原木5本分を貰い受けたことがあり、過去最高の量にも関わらず1年半で消費してしまった。

薪づくりは年がら年中やっている。
乾燥までは2年必要と言われるが、我が家の場合は1年サイクルで乾燥させる。
原木はチェンソーで一気に玉切りする。チェンソーも常にメンテしておかないと、伐れないチェンソーほど危険で疲れてしまう。
薪割りはエンジン薪割り機と手割りの両党使い。(歳と共に薪割り機に頼ることが多くなったが・・・)太めの薪は乾燥が遅く燃えにくいので、出来るだけ小割にする。

割った薪は野ざらしにしておいて、しばらく雨風にさらし水分を出しやすくする。
すぐに薪棚に積まず、風通しの良い井桁に組んで夏が過ぎるまで野積みしておく。
そして秋になったらそれぞれの薪棚に移動。
手間の掛かる作業だが、1年で乾燥させるにはその手間も惜しまない。

薪棚は2×4ログラックがそれぞれ5箇所あり、薪の量は約7立米。
移住後に手作りした薪棚が12立米。積みきれない薪はパレットに野積みする。
それらがほぼ1年でなくなってしまうので、1シーズン20立米は消費することになる。
シーズン前には薪を半分に割って含水率をチェックする。20%以下なら大丈夫。
厳密に言えば、樹種によって乾燥の度合いは異なるので、樹種ごとに計れば間違いない。
ただ今年はウッドショックの影響なのか、未だに原木が到着していない。
梅雨に入れば薪づくりもできないので、かなり小割にしてイカの天日干しのようにしない限り、来シーズンには間に合わないかもしれない。

薪を消費する分、増え続けるのが灰

利用できそうで利用しない灰。
「灰はどう処分されていますか?」とよく聞かれる。
灰にはミネラル成分が多く含まれているので畑の肥料によく利用されるが、残念ながら我が家には畑がない。
またゴミとして処分する場合は、蓋付きバケツで何日か鎮火させてからゴミ袋に入れるようアドバイスしている。
特に万人受けする方法ではないが、いくつか我が家の使い道をご紹介しよう。

我が家は傾斜の多い土地で、雨が降ると部分的に削れてしまう箇所があるので常にそこに穴埋めしている。
また虫嫌いの私には有り難い存在でもある。
例えば薪割り台の下。地面と丸太の隙間というのは虫にとって居心地の良い場所のようで、丸太をひっくり返すとムカデやダンゴムシなどウヨウヨ出てくるもの。そこで薪割り台の下に灰を撒いておけば害虫駆除にもなる。
また湿気やすく虫が寄ってきそうな北側軒下の2×4ログラックの地面にも撒いている。
冬場などは融雪剤代わりや滑り止めにも使うことがある。

灰汁の利用

灰汁(あく)とは、灰を水に溶かして上澄みをすくった液のことで、古くから洗剤や漂白剤、食品のアク抜きなどに使われているようだ。
灰汁を作る上で注意する点は、アルミの容器は使わないこと。
強アルカリ性の灰汁は、両性金属のアルミニウム、亜鉛、鉛を溶かしてしまう。
また素手で作業すると肌が異常に荒れてしまうので、ゴム手袋などがお薦め。

どれほど漂白力があるか、長年焚き火で使い込んだグランマーコッパーケトルで試してみる。
最初は灰汁の上澄みを藁に浸して磨いていくと少しずつ汚れが剥がれていったが、手っ取り早い方法でケトル本体をドボンと灰汁の中に沈めてみた。暫くすると、境がくっきり付くほど汚れはきれいに落ちた。
ケトル内部はスズでメッキされているため、全部沈めてしまうと灰汁によって溶けてしまう可能性があるのでその方法はNG。
このように、ないようである灰の活用法。ロシアのウクライナ侵攻で肥料が倍近く高騰しているようだが、農家にとっては恵みの肥料になるかもしれない。

焚き火は小さく愉しむ

この地を選んだのは、周りに迷惑を掛けず思う存分焚き火が出来ることも条件のひとつだった。
森で拾った枯れ木や折れ木、薪作りの際に出る木っ端や樹皮など焚き火の燃料には事欠かない。
ただ、薪(たきぎ)が豊富にあったとしても私は必要以上に大きな焚き火はしない。
アメリカにこんなエピソードがある。
「白人は間抜けだね。火を燃やしすぎて熱くて近寄れないでいる。
たかがソーセージを焼くだけなのに牛を丸ごと焼けるような大きな焚き火だよ。
インディアンをごらん、小さな火を上手く使って愉しんでいる。」
私自信もソロでしか焚き火をしないので大きな火は必要ないし、より小さく焚くことで焚き火に近づける。
この絶妙な距離感がたまらない。
また自ら苦労して作った薪には愛着が沸くもの。無駄に大きくは燃やせない。

森の恵みに感謝

「写風人さんにとって焚き火の魅力とは?」とよく聞かれる。
取材時には必ずと言っていいほど聞かれるワンパターンの質問だ。
どう答えて良いのか、未だに明快な答えがないので困ってしまう。
焚き火でも薪ストーブでも、「体の芯から温まる」「揺らめく炎の美しさに癒やされる」などは、どこでも言われていること。単なるうわべだけの魅力を語りたくない自分がどこかにある。
藪を払い、木を倒し、1年以上費やして可愛い我が子のような薪が出来上がる。
それを惜しみつつ燃やしてしまうのだから「火の魅力とは?」と聞かれても「お前に分かるか!」とつい心の中で叫んでしまう。
ひとつ信条として持っているのは、「木は幹から枝の先まで真っ白な灰になるまで焼き尽くして、成仏させる。」ということ。
それが森の恵みに対する私のささやかな感謝の念である。